Valerie
重苦しいモノを書かないでおこうと決めていたけれど
全ての元となりえるモノだから書くべきだと思い直した。
ただ1つ言えるコトは
ボクにはもう強くなるしか道はない。
3/27におば様が亡くなった。
ボクに連絡が来たのは3/31で原因は交通事故だった。
一緒にいた頃、彼女はボクに
「ヴィック通りは危ないから歩かないように」
と言っていたのに、皮肉にもそこで接触したって聞いた。
震災の後
「少しの間でもこちらに来なさい」
など言ってくれた時が彼女の声を聞いた最後になってしまった。
10代半ばのやさぐれていた時に
肌の色が違う人も、同じ言葉を話す友すらいない時期
ボクが抱えていた問題を解こうとしてくれていた唯一の人だった。
おば様はボクに沢山の事を伝え、何もないボクは受け入れていった。
料理も
日記も
宇宙のコトも
おまじないも
大事な考え方も
ほとんどが彼女から始まったと言ってもいいだろう。
ボクの原風景でもあり、見えない後ろ盾のようなモノの最後だった。
今週になっておば様の妹さんから小包が届いた。
中に入っていたのはボクが書いていた日記帳の一部だった。
日本語で書かれていたモノを訳した跡が至る所にあるが、汚い文字だし、固有名詞などがあるから余白にある言葉を繋げても意味がわからない言葉だらけだった。
理解しようとする努力が見えた瞬間
ボクは涙が止まらなくなった。
かなしさより悔しさの色が強い涙だった。。
人間はかなしみやツライ出来事でしか学ぶコトは出来ないのだろうか?
そしてボクはダレカに伝えるべきモノを持っているのだろうか?